マルコ福音書1章1~11
「天が裂けて“霊”が鳩のように御自分に降って来るのを、御覧になった。」(1:10)
マタイ福音書とルカ福音書では、「天が開けた」と書かれています。
雲が切れて光が射してきたといった、穏やかなイメージです。
一方、マルコ福音書の「天が裂けた」は、稲妻が走って静寂が打ち破られるといった荒々しい表現です。
「裂ける」という言葉は、15章にも出て来ます。
主イエスが十字架で息を引き取られたとき、「神殿の垂れ幕が上から下まで真っ二つに裂けた。」(15:38)
聖なるものと聖でないものを分ける、神殿の垂れ幕が、主の十字架によって打ち破られ、すべての人が等しく神に近づき、神の恵みに与ることができるようになったことを示しています。
お前たちは罪人だ、汚れているとレッテルを貼られ、圧迫されてきた人が、神の愛する子とされる。
定められた献げ物を献げることのできない貧しい人たちが、あなたもわたしの愛する子だと言われるのです。
わたしたちを愛し、生かそうとされる神の御心に身を委ね、神に従うしるしとして、主イエスはバプテスマをお受けになった。
その時、
「『あなたはわたしの愛する子、わたしの心に適う者』という声が、天から聞こえた。」(1:11)
これは、王の即位式で読まれた詩編2:7の引用です。
さらに、
「ほんとうに、この人は神の子だった」(15:39)というローマの百人隊長の言葉と響き合っています。
あなたは、わたしの子として、わたしに代わって、わたしの願いを成し遂げる。
虐げられ、嘆き悲しんでいる人を慰め励まし、一人ひとりをわたしが愛していることを伝えるのだとの声を聞き、ご自分の使命をしっかりと確認なさったのです。
「天が裂け」、今、新しいときが始まろうとしていると、マルコ福音書は宣言するのです。
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