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生きた水

ヨハネ福音書4章1~15

サマリアの人たちがユダヤから差別されていたことは、「良きサマリア人」(ルカ10章)の背景として知られています。

イスラエルはダビデ王によって統一され、その子ソロモン王がエルサレム神殿を建て、大いに栄えました。

しかし、紀元前926年にソロモンが死ぬと南北に分裂し、ことあるごとに反目しました。






北王国は紀元前721年、アッシリアに滅ぼされた後、アッシリア、ペルシャ、ギリシアに支配されます。

これを南王国の人たちは軽蔑し、汚れた民としてエルサレム神殿の礼拝から排除しました。

こうしてサマリアの人たちは、古くからの聖所ゲリジム山でモーセの教えに従って礼拝を捧げるようになります。

南王国も紀元前598年にバビロニアに破れ、ヨアキン王はじめ有力な指導者が根こそぎ連れて行かれます。

このバビロン捕囚は、ペルシャ王キュロスによって帰還が赦されるまで60年続きます。

その後もサマリアは南のユダヤから何度も侵略され、ヘロデ大王の頃にはその統治下に置かれました。

かつては一つの民であったにもかかわらず、サマリアの人たちとユダヤの人たちは、互いに憎しみを募らせるようになっていたのです。



「サマリアを通らねばならなかった。」(4章4)という表現は、ほかにも安全な道はあるのに、主イエスがわざわざサマリアの人たちと出会おうとされたことを示しています。

差別され蔑まれているサマリアに向かわれたこと、男にではなく女に声をかけられたこと、しかも人目を避けて真昼に水を汲みに来た、いわく付きの女に声をかけられたことに、深い意味が隠されています。






主イエスの方からわざわざ近づいて、「生きた水」を与えようとされる。

「わたしが与える水を飲む者は決して渇かない。わたしが与える水はその人の内で泉となり、永遠の命に至る水がわき出る。」(4章14)

と言ってくださるのです。

(2014年9月7日)


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