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良い羊飼い

 ヨハネ福音書10章1~21



「わたしは良い羊飼いである。」(10:11)という言葉は、「死の陰の谷を行くときも、わたしは災いを恐れない。」(詩編23:4)と結び付いて、わたしたちを深く慰め勇気づけます。




ここでは、9章に続いてファリサイ派の人たちが、きびしく批判されています。

生まれつき目の見えなかった人は、見えるようにしていただいた後、脅しに屈しないで、主イエスの言葉を素直に受け止めました。
羊飼いの声を聞き分ける羊であったのです。

一方、ファリサイ派の人たちは、癒しの業が安息日であったことをきびしくとがめます。
癒やされたことを共に喜ぶのではなく、社会の秩序が脅かされることに腹を立てるのです。

彼らに対して、あなたがたは「盗人であり、強盗」(10:1)だ、神の御心を理解していないと批判しているのです。


エゼキエル書34章では、牧者である王が神に背いたことを叱責し、わたしが自ら羊を探し出して守る、そしてもう一度ダビデのような良い羊飼いを与えると語ります。

「わたしは良い羊飼いである。」という言葉には、そういう背景があるのです。


ナチスに抵抗してドイツの教会が戦った時、ヒトラーを崇拝し、ユダヤ人を追放してドイツが覇権を握ることが正しいのかどうか、「わたしをおいてほかに神があってはならない。」(出エジプト記20:3)という、聖書の言葉に照らして批判しました。

今起こっていることは、なかなか見分けが付きません。

日本とアメリカが新たな協力体制に入ったと、安倍首相がワシントンで発言しました。
いつでも自衛隊は、アメリカ軍と連携して世界中で動けるようになる。
いつのまにか、そんな風になっていました。2015年は大きな転換点だった、ということになるのかも知れません。



主イエスは良い羊飼いだ、いつも見守っていてくださると言っているだけでは、足りないかもしれません。

助け合って生きる、すべてのいのちを大切にして生きることこそ、神の御心であることを深く心に刻み、主に従ってまいりましょう。

(2015年5月10日)


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